子育ての正解は、親子の関係性の中にこそある

子育て

気付かされた言葉

今回は、先日ネットで見つけた子育てに関するインタビュー記事をご紹介したいと思います。

「子育てに自信があった僕は、妻の一言で目がさめた 」
https://conobie.jp/article/11659

語っているのは、NHK「すくすく子育て」に専門家として出演されている、大豆生田啓友(おおまめうだ ひろとも)氏です。

いっとき流行してはすぐに下火になる子育て論に対して、振り回されずにどのように向き合ったら良いのか、漠然と感じていた子育てに関する不安を的確に指摘して下さったように思います。

詳細は上記リンク先記事をご覧いただきたいのですが、簡単に発言をご紹介したいと思います。

正しさというのは、本来、親と赤ちゃんとの関係の中で“つくられていくもの”だと思うんです。
何かその外側の、どこかに正しさがあるようにみんな思ってしまっている。

だから、頑張りすぎないためにも大切なのは、「正しい子育て」より「私らしい子育て」をすることだと思っているんです。

「わたしはわたしでいいんだ」と思えるときに、人はその人の一番良いところが出てくると思うんです。

引用元:「子育てに自信があった僕は、妻の一言で目がさめた 」

「〇〇式子育て」にとらわれると減点法になってしまう

書店に行くと、よく「〇〇式子育て」という育児本が数多く並んでいます。

どんなに権威のある教育論であっても、その方法をまるごと我が家に当てはめようとしては必ず無理が生じるものです。

その内容全てを否定したいわけではありません。

しかし、もし夫婦で話し合った子育ての方針や子供の適性を考慮することなく、理想的な子育てをその本に求めるのなら、むしろ幸せは遠ざかってしまうのではないか。

そう思うのです。

「正解は本に書かれている」と思った時点で、我が家の現状に「×印」をつけ続けるようなものです。

今までの子育てにおける頑張りを、減点法で評価されたいでしょうか。

私は絶対に嫌です。

どんな子育て論も、話半分に聞けば良いのでは

もちろん子育ての先輩方の経験談に助けられることも多くあります。

我が家でも、離乳食の作り方、夜泣きで困っていたとき、断乳の計画等を、先輩ママや本やネットから情報を得て、とても助かりました。

ただ、調べれば調べる程、真っ向から対立する意見が次々と出てくることに戸惑いました。

でも次第にこう考えることにしました。

「各家庭が置かれている状況は決して同じではないのだから、何か一律の正解がある方がおかしいのではないか。」

そう思えるようになってからは、情報をそのまま鵜呑みにせず、少し冷静になって情報を咀嚼して、我が家に合うように選んで取り入れるようになりました。

減点法の子育ては、親が消耗してしまう

いつも何か正しいものが自分たちの外にあるという意識で、その正しさと照らし合わせながら子育てをしてると、どこかで「自分ってダメなんじゃないか」って思ってしまう。

全然ダメじゃないんです。「あなたは結構、頑張ってるよ」と言いたい。

引用元:「子育てに自信があった僕は、妻の一言で目がさめた 」

親が子供に正解を押し付けたり、正解を実践できずに自信喪失になっている状態で、子供が伸び伸びと楽しく遊べるわけがありません。

子供は親からの視線に驚くほど敏感です。

正解とされている本の教えに照らし合わせながら子育てをしてると、常に親は「不機嫌」になってしまいます。

何が足らないかを必死に探すのではなく、親がただ笑っていてくれた方が、子供にとっては余程過ごしやすい環境なのではないか、と私は思うのです。

マニュアルを見るのではなく、子供を見る

現在のようにネットや教育番組で子育てに関する情報にあふれていると、自然と他の親がやっている好取組み事例が入ってきます。

他の人がやっていることを教科書・マニュアルのように思って、自分もマネしたくなってしまいます。

きっと自分も「よい親でなければならない」との無言のプレッシャーを感じているのだと思います。

しかし、大切なのは「子供にとって何が良いのかを考えること」です。

このステップを飛ばして他人の真似事をしたとしても、それを望まない子供にとってはいい迷惑ですよね。

正解は、親と子の関係性の中にあるのです。

親が子供を見ずに、マニュアルのみを見て子育てをするのは、自動車をよそ見運転するのと同じ位危険なことかもしれません。

「子供のため」という思いは、子供を追い詰めてしまう

加えて、もう一つ注意が必要です。

「子供のために」という親の思いは、子供を追い詰めてしまう場合がある、という点です。

一旦、親が「子供のために」と思ってしまうと、そのアクセルを緩めることは難しいのです。

その子供に合った適切なスピードに合わせるのではなく、どんどんアクセルを踏み続けてはいつか事故が起きてしまいます。

今自分が子供にしていることは「子供のために」と思ってやっているけれど、実は「自分のため」ではないか?

このように自分を客観的に見直す機会を定期的に設けることが必要なのではないでしょうか。

等身大の子供と背伸びしない親が向き合って一緒に進んでいくのです。

誰にとっての「正解」なのか?

子育てをしているパパママは、日本中にいます。

かつて子育てをしていたOBOGも、日本中にいます。

もっと言えば、世界中に子育て経験者がいます。

何が言いたいのかというと、「『時代』や『場所』によって子育ての『正解』は違う」、ということです。

普遍的な正解がないのですから、他人の正解を自分たち家族に当てはめたり比較をしても正解になるとは限りません。

同じ国の同世代のパパママであっても、「子育て」に対する見方・関わり方は異なります。

それぞれの家族によって何が「正解」なのかが違ってくるのは、ある意味当然ではないでしょうか。

子育ては今日も続きます。今日も一日頑張っていきましょう。